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中途採用

香港から日本へ。コミュニティに支えられ“つなぐ力”を手にした、呉さんの越境ストーリー ― Beyond Borders Vol.1

中途採用

香港から日本へ。コミュニティに支えられ“つなぐ力”を手にした、呉さんの越境ストーリー ― Beyond Borders Vol.1

目次


GTNの社員の約7割は外国籍。
なぜ日本を選んだのか、どんな思いで働いているのか──

連載企画「Beyond Borders」では、GTNの外国籍社員、一人ひとりの「越境ストーリー」を通して、多文化共生のリアルをお届けします。

第1回は、GTNのムードメーカーである広報部の呉さんです!

GTNを伝える広報として、そして“越境する当事者”として

➤なぜ日本を選んだのか?私の越境のはじまり
2014年5月、私はワーキングホリデーで香港から日本に来ました。ところが気づけば、もう11年。
自分でも驚いています。

日本に来た理由は、ちょっとユニークかもしれません。実は江戸時代の「大奥」のゴージャスな世界観と当時の人々の暮らしを研究することが大好きで(笑)、そこから日本の歴史や文化に強い興味を持つようになったんです。香港の大学で日本語を学び、もっと上達させたいと思い、日本でのワーキングホリデーを決意しました。

最初は「1年くらい住んでみよう」と軽い気持ちでした。でも、日本では意外と就職ビザが取りやすいことを知り、気づけば長期滞在へ。香港ではインターナショナルスクールの先生や大手企業の管理職レベルでないとビザが難しいので、その違いも大きかったです。

実は私は、学生時代から大都会で一人暮らしすることに憧れていました(これは完全に『Sex and the City』の影響です)。出身地の香港では家賃が高く、一人暮らしは夢のまた夢。でも日本では、安全で医療も整い、他人に干渉されすぎない自由な空気の中で、念願の「自分の城」を持つことができました。その居心地の良さから、「ここで生きていこう」と思うようになったんです。

もちろん、来日当初は大変なこともありました。日本語はN3レベルで、毎日「変な日本語+ジェスチャー」でなんとか暮らしていました(笑)。半年ほどは英語が通じる農園や、宮城県石巻市での震災復興ボランティアに身を置き、困ったときは周りの方々が通訳して助けてくれました。



支えてくれたのはコミュニティの力
東京で一人暮らしを始めてからは・・・


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慣れない日本語、初めての東京での一人暮らし、そして支えてくれたコミュニティ。
呉さんはどのようにして日本での人生を築いてきたのでしょうか。
そして今、GTNではどのように活躍しているのでしょう。

その答えは、インタビューの中にあります。
あなたのキャリアと重なる瞬間があるかもしれません。
ぜひ最後までご覧ください。

インタビュー全文はこちら

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