海のないネパールで育ち、日本で“学びの道”と“新しいキャリア”を切りひらいた、ディクシャさんの越境ストーリー― Beyond Borders Vol.2
目次
GTNの社員の約7割は外国籍。
なぜ日本を選んだのか、どんな思いで働いているのか──。
連載企画「Beyond Borders」では、GTNの外国籍社員、一人ひとりの「越境ストーリー」を通して、多文化共生のリアルをお届けします。
第2回は、ネパール出身のディクシャさん。
多くの外国人が留学や仕事をきっかけに日本へやって来ますが、彼女の理由は少しユニークでした。
10代で来日し、異国での生活や学びを通して見つけた気づきや成長とは──?
「海のない国」から日本へ渡った越境ストーリーを、ぜひご覧ください。
海のない国から、日本で描いた成長の道
➤まずは、ディクシャさんがネパールから日本に来ようと思ったきっかけを教えていただけますか? 「日本の文化が好きだから!」みたいな答えを想像してしまうのですが…実際はどうだったんでしょう?
実は、私が日本に来たきっかけはお見合い結婚なんです。パートナー(今の夫)の日本での仕事が決まり、結婚後に一緒に来ました。ちなみにネパールでは、文化や宗教の背景から結婚前に一緒に住むのは難しいんです。まだ10代でしたし、周りの友人たちが大学へ進学していく中で、少し珍しいスタートだったと思います。でも私はずっと「大学で勉強したい」という思いを持っていて、来日してからは日本語学校に通って資格を取り、大学にも進学しました。
実はネパールには海がありません。だから日本を“海のように広がる国”と感じていました。でもそれは単なる風景の話ではなく、私にとって「無限の可能性」にあふれて見えたんです。
ネパールにいた頃、私が使えるのはネパール語と英語だけ。進む道も限られていました。でも日本に来て日本語を学び、大学に進学できたことで、自分の可能性は一気に広がりました。ここでは英語も武器として活かせるし、日本語での挑戦もできる。まさにキャリアの選択肢が増え、「新しい未来を描ける国」だと実感したんです。
文化も言語も新しい挑戦ばかりでしたが、その挑戦に飛び込むことで、自分の成長につながったと思います。ちなみに…今でもシーフードはちょっと苦手なんですけどね(笑)。
こうして最初の一歩を踏み出したのが、今の私の成長の始まりでした。
➤日本に来たばかりの頃、一番大変だったことって何でしたか? …やっぱり最初は“カルチャーショック連発”でした?
まさにその通りです。来たばかりの頃は、日本語がほとんどできなくて、本当に大変でした。道に迷ったときも、聞きたい言葉が出てこなくて困りました。
さらに、私は留学生ではなく家族滞在ビザで来日したので・・・
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言葉も文化もまったく違う環境の中で、日本語を学び、大学へ進学し、自分の可能性を少しずつ広げてきたディクシャさん。
「海のない国」ネパールから、日本という“無限の可能性が広がる場所”へと踏み出した一歩が、彼女の人生を大きく変えていきました。
異国での生活の中で感じたカルチャーショックや、日本で見つけた新しい未来とは──?
ディクシャさんのリアルな越境ストーリーを、ぜひ最後までご覧ください。
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